千葉地方裁判所 昭和60年(ワ)1409号 判決 1987年8月07日
原告
上遠野功
ほか一名
被告
関東機器株式会社
ほか一名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、連帯して、原告らに対し、それぞれ金二一〇五万九七四一円及びこれに対する昭和六〇年三月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第1項について仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 日時 昭和六〇年三月一日午前一時〇〇分ころ
(二) 場所 千葉市稲毛海岸五丁目一番三二号先路上
(三) 加害車両 普通乗用自動車(千葉五七み六九〇七)
(四) 右運転者 被告横井和峯(以下「被告横井」という。)
(五) 被害者 上遠野豊(以下「豊」という。)
(六) 態様 被告横井が、道路上に佇立していた豊に加害車両を衝突させ、よつて豊を即死させた。
2 責任原因
(一) 被告横井
被告横井は、前方不注視の過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。
(二) 被告関東機器株式会社(以下「被告会社」という。)
被告会社は、加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づく運行供用者責任を負う。
また、被告横井は、被告会社の従業員であつて、その業務に関して本件事故を惹起したものであるから、被告会社は民法七一五条に基づく使用者責任を負う。
3 損害 金六二六五万〇二三八円
(一) 葬儀費用 金七〇万円
(二) 逸失利益 金四六九五万〇二三八円
(1) 豊は、昭和二六年三月二二日生まれであり、事故当時三三歳であつた。
(2) 昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表男子労働者、産業計、学歴計、三三歳の年間平均賃金額(賞与を含む) 金四〇〇万一八〇〇円
(3) 就労可能年数 三三年二一日間
(4) 新ホフマン係数 一九・五五三八
(5) 生活費控除 〇・四
(6) 4,001,800×(1-0.4)×19.5538=46,950,238
(三) 慰謝料 金一五〇〇万円
豊は、原告ら住所地に原告らと居住する独身者であつた。同人の死亡を慰謝する金額としては、金一五〇〇万円が相当である。
4 過失相殺 金二二八万〇七五六円
豊の過失相殺として右金額を控除
5 損害の填補 金二〇六五万円
(一) 自動車損害賠償責任保険より金二〇〇〇万円
(二) 被告横井から金六五万円
6 原告らの相続
原告らは、訴外豊の父母であり、他に相続人はいない。
7 弁護士費用
原告らは、各自金一九八五万九七四一円を被告らに請求したが、被告らがこれに応じなかつたため、本件訴訟の提起及び遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬として各自金一二〇万円を支払う旨約した。
よつて、原告らは各自、被告らに対し、連帯して、本件事故による損害賠償として、金二一〇五万九七四一円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六〇年三月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告横井
(一) 請求原因1の(一)ないし(五)の各事実は認める。(六)の事故状況は否認する。本件事故は、豊が加害車両の直前にいきなり飛び出してきたために発生したものである。
(二) 同2(一)の事実は否認する。本件事故現場は国道一四号線上であり、道路中央には工事中の中央分離帯があつて、到底人の横断等は考えられない場所であるところ、深夜の午前一時にいきなり豊が加害車両の直前に飛び出してきたものであるから、被告横井がこれを回避することは不可能であつて、被告横井には過失がない。
同2(二)のうち、被告横井が被告会社の従業員であることは認め、その余の事実は否認する。
(三) 同3の事実は知らない。なお、豊の逸失利益については、豊が昭和四八年ころから精神分裂病に罹患し、それ以後入通院を繰り返し、本件事故直前も投薬治療が継続されていたのであるから、通常人同様の稼働能力があると認めることは困難であり、減額がなされるべきである。
(四) 同5の事実は認める。
(五) 同6及び7の各事実はいずれも知らない。
2 被告会社
(一) 請求原因1の事実は知らない。
(二) 同2(一)の事実は知らない。同2(二)のうち、被告横井が被告会社の従業員であることは認め、その余の事実は否認する。加害車両はもと被告会社の所有であつたが、被告会社は、昭和五六年五月、加害車両を金八七万円で被告横井に売り渡し、その代金も受領ずみであり、その後は、これを会社の業務に使用したことは全くなく、被告会社への従業員の車両の乗り入れは厳禁していたので、加害車両の運行に影響を及ぼしうる立場になかつたものである。
(三) 同3の事実は知らない。
(四) 同5(一)の事実は認める。同5(二)の事実は知らない。
(五) 同6及び7の各事実はいずれも知らない。
三 被告横井の抗弁(過失相殺)
前記のように、本件事故現場は、国道一四号線上であり、道路中央には工事中の分離帯があつて、到底人の横断等が考えられないような場所であるところ(なお、本件事故現場付近には、前後に歩道橋が設置されている。)、深夜の午前一時に、しかも降雨中であるにもかかわらず、傘もささずに豊が加害車両の直前にいきなり飛び出してきたために本件事故が発生したものであるから、仮に、被告横井に過失があるとしても、豊の過失を本件事故による損害額の算定に当たつて考慮すべきであり、その過失割合は大きいので、原告らの損害は、これまでの支払いにより既に填補ずみである。
四 抗弁に対する認否
いずれも否認する。
第三証拠関係
訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり
理由
一 事故の発生、被告横井の責任原因及び過失相殺
1 請求原因1(一)ないし(五)の各事実は、原告らと被告横井との間で争いがない。
2 右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証、証人片倉昇の証言及び被告横井本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、千葉市稲毛海岸五丁目一番三二号先の歩車道の区別のある国道一四号線の上り車線であり、同所付近はほぼ直線で見通しが良く、上り車線は二車線(幅員約八・二メートル)で、歩道(幅員約四メートル)と明確に区分されており、また、下り車線とは中央分離帯で区分されている。本件事故当時、中央分離帯は工事中で、高さ約一メートルの柵があり、容易に立ち入れない状況にあつた。事故現場から三〇メートル内の千葉市幸町方面寄りに歩道橋が設置されている。
(二) 被告横井は、事故前日の昭和六〇年二月二八日午後九時ころ、千葉市内の勤務先(被告会社)で仕事を終えた後、近くの飲屋でビール三本位を飲酒し、同日午後一〇時三〇分ころから翌三月一日午前零時三〇分ころまで仮眠をとり、同日午前零時四〇分ころ、加害車両を運転して帰宅を開始した。
被告横井は、同日午前一時ころ、千葉市幸町方面から同市幕張町方面に向けて国道一四号線上り車線の走行車線を時速約六〇キロメートルで進行し、本件事故現場(同所の制限速度は時速四〇キロメートル)に差しかかつたところ、豊が進路前方の車道上にいるのを、その直前の約五・二メートル手前ではじめて発見し、急制動の措置を講じようとしたが間に合わず、自車前部を同人に衝突させ、同人をボンネツトにはね上げたうえ、地上に落下させ、同人をその場で死亡させた。
(三) 本件事故直前の加害車両は、その前方を走行する車両とは相当距離があり、また、加害車両の後方には約三〇メートル離れて一台走行していた。なお、豊は、事故当時黒つぽいジヤンパーを着用しており、傘はさしていなかつた。
(四) 本件事故当時、車道はアスフアルト舗装され、平坦であつたが、小雨が降つており、道路は湿潤であつた。事故後、車道上にスリツプ痕等は認められなかつた。
以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。ところで、加害車両の衝突直前の速度は前掲各証拠により時速約六〇キロメートル程度と認められるところ、前掲乙第一号証によれば、加害車両の停止地点は衝突地点の約四六・四メートル前方であり、豊の落下停止地点はさらにその前方であることが認められるが、前記のように路面が湿潤であり、スリツプ痕も認められない状態であつたことからすると、車両の停止距離は通常より相当のびるものと認められること、被告横井が豊を発見した位置からすれば衝突までにブレーキが効き始めたものとは認め難いこと、路面や加害車両のタイヤの磨滅状態が不明であること等に照らして判断すれば、右停止状況が前記速度の認定と矛盾するものということはできないものである。
3 右認定事実によれば、本件事故は、被告横井が、夜間降雨中であつたものであるから、特に、制限速度を遵守すると共に前方を注視し、進路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、制限速度を約二〇キロメートル毎時超過する速度で漫然と進行し、進路前方の注視を怠つたため、被害者である豊の発見が遅れ、自車前部を豊に衝突させて本件事故を発生させたものと認められるから、被告横井には民法七〇九条に基づき被害者に生じた損害を賠償すべき責任があるものといわなければならない。
なお、被告横井は、約五・二メートル手前で車道上に豊がいるのを発見したことから、豊が加害車両の直前に飛び出したため回避が不可能であつた旨主張しており、確かに右地点まで豊を発見できない状況にあつたとすれば回避は不可能であつたというべきであるが、前記のように、本件事故現場の見通しは悪くないのにそれまで豊を全く発見できていないこと、前記認定事実によれば、豊が加害車両の直前を横断しようとしていたことは推認できるものの、それ以上に豊が飛び出したことまでは直ちには認め難いこと等を勘案すれば、被告横井が制限速度を超過していたことと相俟つて豊を発見することが遅れたものとして、右のように被告横井の過失を認定することができるものであつて、被告横井の右主張は採用できない。
4 ただし、右認定事実から明らかなように、豊にも次のとおり過失が認められる。すなわち、豊は、本件事故現場が歩車道の区別のある片側二車線の幹線道路で、中央分離帯が工事中であり、横断しにくい状況であつて、付近には歩道橋が設置されていたのにも拘らず、深夜降雨中に、黒つぽい着衣で、加害車両の直前を横断しようとして車道上に出たため、被害に遇つたものと認められるから、豊の右過失については、前記の各事実その他諸般の事情を総合考慮して、その割合を六〇パーセントとして本件損害賠償額の算定に当たり斟酌するのが相当である。
二 被告会社の責任原因
1 運行供用者責任
成立に争いのない甲第三号証によれば、加害車両は被告会社の所有明義であることが認められる。
しかし、被告横井本人尋問の結果及びこれにより成立の認められる丙第四、第五号証の各一、二、被告会社代表者尋問の結果及びこれにより成立の認められる丙第一号証の二、丙第二号証の二、三を総合すれば、加害車両はもと被告会社の所有であつたところ、昭和五六年五月ころ、被告横井に金八七万円で売り渡され、その代金の支払もすべてなされていること、ただし、登録名義は、被告横井が車庫証明の手続きができなかつたため、被告会社のままであつたこと、自動車税の通知は被告会社宛になされていたが、被告横井がこれを支払つていたこと、被告横井は加害車両を被告会社への通勤に使用していたが、被告会社の業務に使用したことはないこと、右通勤に際しては被告横井は自己の費用で被告会社の近くの駐車場を借りて駐車しており、被告会社の事務所の敷地を利用することはなかつたこと、燃料費も自分で支払つていたこと、また、被告横井が被告会社に名義使用料を支払うこともなかつたことがそれぞれ認められ、右認定を履すに足りる証拠はない。
以上の事実を総合して判断すれば、加害車両は被告横井が所有するものであり、被告会社には単に登録名義が残つていただけであつて、被告会社には運行支配又は運行による利益を肯定するに足りる事情は認めることができず、結局、被告会社は運行供用者責任を負わないものと解するのが相当である。
2 使用者責任
被告横井が被告会社の従業員であることは当事者間に争いがない。しかし、右二1で認定したように、被告横井は加害車両を被告会社への通勤に使用していたものの、被告会社の仕事に使用したことはないこと、燃料費も自己負担であり、駐車場も自費で借りていたこと、また、前記一2で認定したように、本件事故は、被告横井が前日に仕事を終えた後飲酒し、仮眠をとつてから帰宅途中に発生したものであることなどに照らして判断すれば、被告横井の本件事故当時の加害車両の運転につき、被告会社の業務との関連を肯定することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告会社は本件事故につき民法七一五条の使用者責任を負うものと認めることはできない。
3 右の考案から明らかなように、被告会社については責任原因を認めることができないから、原告らの被告会社に対する請求は、その余の点について判断をすすめるまでもなく理由がない。
三 損害
1 葬儀費用
弁論の全趣旨によれば、本件事故によつて死亡した豊の葬儀費用として金七〇万円を要したものと推認するのが相当である。
2 逸失利益
成立に争いのない甲第二号証、乙第二号証、原告上遠野イネ本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、豊は、昭和二六年三月二二日生まれで、本件事故当時は満三三歳であり、独身であつたが、東陽電気工事株式会社を退職して無職の状態であつたことが認められると共に、同人は、昭和四八年ころより精神分裂病に罹患し、幻聴があり、被害的、不安が強くなるなどの症状が出たため、大山病院に昭和五一年四月から同年七月まで、市原鶴岡病院に昭和五二年四月から同年一〇月まで及び昭和五三年八月から同年一二月まで、同和会千葉病院に昭和五六年一二月一日から昭和五七年一月一五日まで及び同年四月一日から同年九月一二日までそれぞれ入院して治療を受け、その後は本件事故直前まで右同和会千葉病院で通院治療を受けており、この間は疲れやすく臥床勝ちとなる状態と家事の手伝いができる安定した状態を繰り返していたことが認められ、右認定を履すに足りる証拠はない。
右認定事実を総合すれば、豊の逸失利益については、統計資料による平均賃金を基準とするのが相当であるが、豊が平均的賃金をそのまま得られたものと推認するのは相当でなく、事故直前には入院治療を要していなかつたことを考慮しても、公刊されている昭和六〇年賃金センサス第一巻、第一表、男子労働者、産業計、企業規模計、学歴計三三歳の年間平均賃金額(賞与を含む)金四〇〇万一八〇〇円の約九割の収入を得るに止まるものと推認するのが相当である。
そこで、豊はその年齢等から本件事故後約三四年間は稼働しえたものと考えられ、同人の逸失利益の現価は、生活費割合を五〇パーセント、中間利息を新ホフマン方式で算出控除して計算すると、金三五二一万二六七八円となる(一円未満切り捨て)。
4,001,800×0.9×(1-0.5)×19.5538=35,212,678
3 慰謝料
本件事故の態様、死亡の結果その他諸般の事情を総合考慮すると、豊の死亡による慰謝料は、金一二〇〇万円をもつて相当と認める。
四 過失相殺
前記三の1ないし3の損害額を合計すると金四七九一万二六七八円となり、これから前記一の4で判示したとおり六〇パーセントを過失相殺すると、豊の損害額は金一九一六万五〇七一円となる(一円未満切り捨て)。
五 損害の填補 金二〇六五万円
請求原因5の損害の填補については、原告らと被告横井との間で争いがない。
六 原告らの相続
前掲甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因6の事実が認められる。
七 以上のとおり、過失相殺後の損害額は金一九一六万五〇七一円であり、金二〇六五万円の損害の填補がなされているのであるから、原告らが、本件訴訟において被告横井に対して請求しうる債権は残存しないことが明らかである(なお、成立に争いのない甲第六号証は、被告横井が示談解決のために提示したものであるから、これをもつて直ちに同人が同記載の金額の債務を承認していたものとするのは相当でない。)。
八 そうすると、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 今泉秀和)